|
■鹽竈神社の門前町
塩竈市は、県内のほぼ中央、仙台市より北東へ16kmに位置し、多賀城市及び利府・松島・七ヶ浜の3町に接します。西南北の3方面は住宅文教地帯を形成する丘陵地に囲まれ、
海に面する市の中央部は埋め立てとともに、港湾、商工業地帯として、また奥州一の宮鹽竈神社の門前町として栄えてきました。
■「海とともに歩んできたまち塩竈」
本市は日本三景松島湾の一部千賀の浦周辺に発達しました。その風光明媚な地形により古くは古今和歌集をはじめ多くの歌に詠まれてきました。奈良時代には大和政権の東北前進基地として隣地に多賀城国府がおかれ、その荷揚げ港として、また江戸時代には伊達家の保護などもあり、鹽竈神社の門前町、仙台への荷揚げ港、松島遊覧の発着所として栄え
てきました。
■「海・食・人が活きるまち 塩竈」
昭和16年の市制施行から60周年を迎えた本市では、『第四次塩竈市長期総合計画』を策定し、目標とする都市像を「海・食・人が活きるまち
塩竈」と定めています。 本市は古くから豊かな自然の恵みを受け、産業や生活の基盤を築いてきました。心の豊かさが求められる今日、市民一人ひとりが自然の大切さを再認識し、まちを育んできた海との関わりを一層深めていく必要があります。本市の個性である「海」や「食」を創造的に活かしながら、市民がその豊かさを享受し、海や食を通じて内外に人、モノ、情報などの多
様な交流が生まれるまちづくりを進めていきます。
■「社(やしろ)」と「魚(さかな)」のまち
「日本一の生マグロの水揚げ港」に代表されるように、新鮮で豊富な魚介類を活かした 港町独特の食文化がつくられています。なかでも、1平方キロメートル当たりのすし店の数は日本一といわれています。
また、「奥の細道」には松尾芭蕉が塩竈から松島へ舟で渡ったことが綴られていますが、塩竈には松島観光の海の玄関口としての一面もあり、八百八島といわれる松島の島々のうち半分以上は塩竈市に位置しています。特に、特別名勝松島湾内の浦戸諸島は、春の菜の花、夏の海水浴、マリンスポーツ、そして新鮮な海の幸を求める人でにぎわいます。
|