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■古代東北の中心地
724年に陸奥国の国府と鎮守府がおかれて以来およそ200年間、多賀城は政治・軍事の拠点 でした。調査では豊富な内容の遺物や全国で初めて「漆紙文書」が発見されました。
■歌枕の地
奈良から平安時代にかけて都から多賀城に赴任した人々が周辺の美しい風景に感激し、和歌に詠んだことから、多賀城とその周辺は「歌枕の地」として都人の憧れを集めてきました。当時に思いを馳せ、今もたくさんの人々が訪れています。
百人一首に「ちぎりきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは」(清原元輔)の歌があります。 この「末の松山」は多賀城市八幡にあり、現在樹齢450年くらいの松の木が2本そびえています。
■活力とふれあいのあるまち「史都 多賀城」を目指します。
この将来都市像は、まち全体に活気があふれ、人と人とのふれあいを大切にしながら全ての市民が住んで良かったと思える様なまちとして発展すること、そして先人たちが残してくれたかけがけえのない歴史・文化を21世紀に創造的に継承しながら、東北の文化の先進地として新たな歴史を築き上げ、まちづくりに活かそうという目標を表現したものです。
■ふれあいに満ちた『多賀城の四季』
・春花と緑のふれあいまつり
・夏多賀城跡あやめまつり
・秋史都多賀城万葉まつり
・冬多賀城市民市
年間を通じてイベントを彩る郷土芸能
・ 多賀城太鼓:昭和54年に誕生した創作太鼓で多賀城にまつわる史実を基にしたオリジナル曲はダイナミックかつ繊細
・ 多賀城鹿踊:鹿踊は五穀豊穣を祈り、江戸中期から伝わっていたもので戦後廃れていましたが昭和52年に復活されました。優美な舞と小太鼓の郷愁あふれるリズムが特徴です。
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